【読書感想】川端康成 / 山の音

どうも、新人営業ぬまじり(2年目)です。普段はライトなノベルを好んで読む僕ですが、たまにカッコつけて文学作品に手を出すことがあります。そして、全く内容が理解できずに挫折することがあります。しかし、読解できないからと言って、それで俺が読むのをやめる理由にはならん(←カッコいい 男前 抱かれたい)

 

今回読んだのは川端康成で「山の音」です。戦後の日本文学界において、最高峰の作品と評される一冊。そんな本を、僕の足りない脳みそが理解できる道理もなく。一昨年に購入して読んだ際はあまり話に入っていけず、100頁くらい読んで断念してしまいました。読むのやめてるじゃねえか。今回、リベンジを誓って再度読んでみたので、頑張って感想を書いてみたいと思います。

 

 

主人公は尾形信吾という初老の男性。最近物忘れが激しくなり、友人たちの訃報が耳に届くことも増え、自身に迫りくる死期の足音に薄い恐怖を感じています。自分の家族に対して柔らかな失望と諦観のような気持ちを抱いている彼は、息子の妻である菊子を、閉塞的な家庭にもたらされた「窓」として、生きる支えとしています。

 

物語の軸となるのはこの信吾と菊子です。信吾が菊子の存在を支えとしていたのと同じように、菊子もまた、舅である信吾の存在を支えとしていたのです。

 

この菊子がですね。まあいじらしくて、大変可愛らしいんですよね。信吾視点から見ているこということもありますし、菊子以外の登場人物が大体性格に難ありであることもその理由でしょうか(唯一の良心は信吾の妻の保子かな。彼女だけは、なんというか、家庭の平穏無事を願う普通のお婆ちゃんって感じがしました)

 

信吾の息子である修一、娘の房子の性根が捻れているのは作中で存分に描写された通りですが、語り部である信吾も、よくよく考えてみればまあ自分勝手な性格をしています。家族(特に妻の保子と娘の房子)に向ける失望は、100%信吾の勝手な欲からくるものです。

 

簡潔に言えば、自身の初恋の相手で美人だった保子の姉と、保子、房子を比べ、その不器量さにがっかりしているのです。まあ……共感できなくもない想いですが。でも、残酷ですよね。房子の性格が少し捻れてしまったのは、父である信吾のそんな想いが伝わってのこともあるのではないかと思いました。

 

ということもあり、作中の菊子は一際輝いて見えます。まさにヒロイン。信吾との会話で見せる明朗で子供のような純真さだけでなく、「女の気ちがいじみた決心」とも評された頑固さ、そして夫の修一を待つ「女」としての側面も見せてくれます。菊子の持つ多面的な人間性が、彼女の持つ現実的で、それでいて不思議な魅力につながっている……ような、気がします。能面を付けて涙を流すシーンは、文章だけなのにハッとするほどの美しさを感じました。

 

自分は誰のしあわせにも役立たなかった。

 

作中で描かれた家族の問題は、実は何一つ解決しませんでした。しかしそれでも、ラストシーンでは房子とその娘、里子に国子もいて、家族7人が全員揃って食卓を囲んでいます。なんだかんだあったけど、丸く収まったかのような一幕。

 

ですが、菊子の中では何か変化が起きていたようで、それまでの彼女から一皮むけたような、そんな印象があります。ラストシーンでの彼女の発言、そして、信吾がかけた声に気が付かなかったこと。何か呪縛から解き放たれたかのようです。何か何かって具台的には何よと聞かれると、さっぱり分からないのですが、なんとなくそう感じただけです。なんとなくなんとなく。

 

まだまだ理解できませんでしたが、年を取った時に読むと、また違った印象を与えてくれるのかなと思いました。何年後かに、また開いてみたいと思います。

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