スリー・ビルボード 〜裏のない人はいないし人間はみんな優しい

短パン社長ことオクノヤさんに、「今年のオクデミー賞を捧げる」とまで言わしめた映画『スリー・ビルボード』を観ました。

「 誰かが憎む人は誰かの愛する人 」映画スリー・ビルボードには今年のオクデミー賞を捧げたい。

これは観に行くしかないと動機付けられました。記事後半のネタバレも読みたかったから。

しかし、観終わった後、深く考えることをしないまま読んでしまったことに後悔しています。
ゲームで行き詰まって攻略本をすぐ見てしまった感じです。

鑑賞したら自分でまず考えてみることが大切。自分の感じたことを素直な言葉で表現できるようになりたいです。

 

オクノヤさんが「誰かが憎む人は誰かの愛する人」と題したことは、この映画のテーマにピッタリだと思いました。流石です。

レビューを書いて、読んだ方に共感してもらうことは、結果的にでも意図してでも、目指したいところじゃないでしょうか。

映画のレビューを読む機会は少なかったのですが、興味をもって読んでいくと、その人の着眼したシーンの簡潔な解説と自己分析というパターンが見えてきます。そういうレビューをいつか書いてみたいものです。

 

以下、軽くネタバレも含みます。もう1回見たいな。

この映画のテーマは「愛」であると僕も思いました。

主役の母ミルドレッドが、署長や住人を敵に回してでも犯人を見つけようとする執念深さも、娘を深く愛していたからこそ。あと、事件の発端となった喧嘩に強い後悔の念があるのでしょうね。

署長ウィロビーが、余命短い中で下した自らの選択も、愛が深いからこその選択でした。しかし、本人は満足かもしれないけど、相手はどう受け取るか考えてみるとそれでよかったのだろうか。そして物語は署長の手紙が大きな意味を持つけど、手紙を書く前にアドバイスを伝えていたらどうなっただろうと考えると、人間関係は上手くいかないし素直になれていたら違う未来があったのではと思いました。

警官ディクソンが、広告会社の若社長レッドに対する行為も、署長ウィロビーを尊敬し愛していたからこそ。衝動的になってしまうのは育ってきた環境がそうさせてしまうのでしょう。物語が進み、ある悲しい出来事が起きて職員と抱き合う姿や、物語後半の活躍を見ると、彼の評価が一変してしまうところも、人の評価の危うさを表していると思いました。

若社長レッドも、自分をあんな目にあわせたディクソンに復讐をするのではなく、差し出したオレンジジュースが優しさの象徴。緊張感の高いシーンでした。あそこで喧嘩になったら、ディクソンは変わらなかったのかもしれませんね。オレンジジュースをオクノヤさんが何度もツイートしていたことの意味が分かりました。

愛深きゆえに表と裏の面を持ってしまうのも、人間らしいということでしょうか。
それをオクノヤさんは、ビルボードの表と裏で表しているという指摘にも納得です。

 

誰からも愛されない人っていませんね。

例えば、本当は自分の未熟さを分かっているくせに認めたくなくて横柄になってしまう人でも、その人を慕う人がいます。

誰しも慕ってくれる人を増やしたいに決まっていますが、環境によってそう上手くできないことは、この映画で極端かもしれませんが教えてくれています。

あの人は外面がよくて内側はダメだ、と評価したがる人がいますが、誰だって表裏があるのだし、内面がよい人でも悪い評価は聞こえていないだけだったり。表面化するかしないかの違いはあれど、争いや火種は身近にある。

劇中にでてくる言葉「怒りは怒りを来す」。
その言葉から、内省はもちろん、攻撃的な人や優しそうに見せて内面は嫌らしい人にお伝えしたい。

この映画を観て、優しくなってほしい。

無理に仲良くはならなくていい。そっとオレンジジュースを差し出せるようになれたら素晴らしい。

この映画は、激しい描写の中でも、人間の優しさを描いていることが救いであり後味を悪くさせていない。
人間は基本的に優しいと、この映画から伝わってくるのです。

オクノヤさんの力を借りて、そんなことを思った次第です。

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